COLUMN弁護士コラム

2012.07.19

岩手県立盛岡第一高等学校昭和47年卒業同期会卒業40周年記念紙に下記の記事を掲載いたしました。 現在の私の基本になる立場が記載してあります。

『生きている事』

私は、いま弁護士として活動している。私が、はっきり法曹界を目指したのは、
盛岡一高の2年生の時だったと思う。盛岡一高の2年生の時、私は偶然
「日本の裁判制度」という一冊の岩波新書に出合った。
その本は、民法の大学者我妻栄博士と、東京大学の学長も経験した経済学者
大内兵衛博士とが、対談形式で日本の裁判について論ずるものであった。

民法の大学者である我妻栄博士は、あくまでも裁判は、法律の条文解釈の中で
なされるべきであると論じ、他方、経済学者である大内兵衛博士は、
法解釈はそうだろうが、しかしそれに止まらず、具体的妥当性を考慮して
判断すべきだと論じていた。

私は、それを読んだ時、具体的妥当性を強調する大内兵衛博士の立場に
強い感銘を覚えた。
あの時、私は何故、条文の解釈に終止するのではなく、具体的妥当性を
強調する大内兵衛博士の立場に共鳴したのであろうか。
いま振り返ってみた時、それは、私を育ててくれた父親が、日頃、長い物に
巻かれることを潔良しとせず、他方、自己の意思の表現方法として、
ガンジーの無抵抗、不服従という強固な意思に基づいての戦い方を
話してくれたことにあったのでは、と考えている。
すなわち、社会には、法律では律しえない不条理が存在することを、
私は父の言葉の中に感じて育ったからである。

私の父が、私に残したものは、反骨の精神だけではなかった。
岩波新書の「日本の裁判制度」を読んだ同じ頃、私は、誰もが考えるように、
人が人を裁けるかという疑問に直面した。
私は、その問題に直面した時、誤りを犯す人間に人間を裁くことは出来ないと
結論づけた。
しかし、私はその結論にとどまらず、社会の秩序を維持するための裁判制度は、
完全な制度たり得ないが、不可欠なものとして認められなければならないと考えた。
いわば、ある面で必要悪と裁判制度を捉えたのである。

私のここにおける思索は、私の性格を素直に表している。
すなわち、社会において権威の表徴である裁判所を、社会において必要悪と
捉えたことである。
これは、前述した父の基本的姿勢から社会的強者に迎合することなく、
物事の本質において受け入れられない点を正確に把握して、冷静に対処しようという
姿勢が身に付いていたからである。
もっとも、私のこの思索に続いて、私は、裁判が社会において不可欠なものであるならば、
その裁判をなす事を人に任せるのではなく、自分で判断する立場に就こうと考えたのである。
かかる不尊とも思える思索を、盛岡一高は私に生み出させてくれたのである。

かように権威に迎合することなく、自分を処していく場合に問題になるのが、
自分は何に価値を見出していくかという事である。
その点について、私は、父母から教えられた弱き者に心遣いのできる人間で
あれという教えから、弱者に光を当てる法曹でありたいと考えている。
すなわち、強者の主張だけが、力にものをいわせて通る社会であるなら、
裁判所など必要ない。弱者の利益を守るために裁判の制度、法の支配は
存在するのであるから、私も法曹の1人として、弱者に光を当てる法曹でいたい。

ところで、カール・マルクスは、
「人間は自分自身の歴史を創るが、しかし、自発的に自分で選んだ状況の下で
歴史を作るものではなく、すぐ目の前にある、与えられた、過去から受け渡された
状況の下でそうする。すべての死せる世代の伝統が、悪夢のように生きている者の
思考にのしかかっている。」という言葉を残した。
私は、弁護士として、様々な人間に接する。その資質は争うことができないとしても、
その環境により今を不幸にしか暮らせない人間が多数いることを、私は知っている。
そうした人間は、自分が何故、そのような不幸にあるのかにも気付かずに、
喘いでいることが多い。
私には、そのような人間に、救われる道を与えてやることは到底できるはずもない。
私にできることは、そうした環境に負けてしまいそうな人に、その状況から抜け出す
糸口を見つける契機を与えることである。

その仕事をなそうとする意思も、両親に育てられ、その力によって盛岡一高で
3年間を暮らし、その実を重んじて、虚色を嫌う性格を形成して貰ったことに
よるものである。
もっと、かような盛岡一高の校風が世に轟く事を願って止まないものである。

私は、私を育ててくれた盛岡一高へ感謝の意を表するものである。
地球規模の天変地異の続く中、日々の営みの中に、生きる力を
見つけたいと願いながら。

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